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最高裁判所大法廷 昭和27年(あ)1676号 判決 1954年11月10日

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

検察官山井浩の上告受理申立について。

本件公訴事実の要旨は、昭和二二年九月、日本電気産業労働組合(以下電産労組と略称する。)は、中央労働委員会に対し、賃金制の改訂等数項目について調停の申請をなし、同二三年三月二五日電産労組と経営者会議との間に仮協定が成立したが、その後更に電産労組は経営者会議に要求を提出し、電産労組福岡県支部は同年一〇月に至り右要求事項を貫徹するため停電ストライキを決行することとなり、その際被告人は、当該係員らに指示して、同月九日午前一〇時より同一一時迄の間、戸畑市所在日発戸畑発電所ボイラー一缶の操作を停止するに至らしめ、もって電気の供給を妨害したというのである。原審は、被告人の本件行為は、電産労組の保有した具体的争議権に基いて展開された第二次争議に関連してその目的達成のためなされたもので、正当な争議行為の範囲を出たものでないことが明白であるとして、労働組合法一条二項により、電気事業法違反罪はその違法性を阻却され罪とならないと判断し、これを電気事業法三三条に該当するものとして有罪とした第一審判決を破棄し、被告人に対し無罪の言渡をしたのであるが、右電気事業法違反に関する検察官の上告受理申立の要旨は、原判決は労働関係調整法七条、三七条、労働組合法一条二項の解釈を誤り、罪となるべき事実に不当に電気事業法三三条を適用しない違法があるというのであって、右申立は、当裁判所において受理されている。職権で調査すると、右電気事業法は、昭和二五年政令三四三号公益事業令附則二項によって廃止され、同令は同年一二月一五日から施行されたが、同令附則二一項は、「この政令の施行前にした行為に対する罰則の適用については、第二項及び前項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と規定していた。ところが、昭和二七年法律八一号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律によって、昭和二〇年勅令五四二号に基く命令、即ち所謂ポツダム命令は、別に法律で、その廃止又は存続に関する措置がなされない場合においては、同法施行の日たる昭和二七年四月二八日から起算して一八〇日間に限り法律としての効力を有するものとせられたが、右一八〇日の最終日は同年一〇月二四日に当るところ、同日迄に公益事業令に関する立法上の措置は何らなされることなくして経過したのであって、従って同令は右一〇月二四日限り失効したものと解すべきである。よって本件公訴事実については、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当ると解すべきであるから、検察官の上告受理申立につき判断を与えるまでもなく、刑訴四一一条五号により、原判決及び第一審判決を破棄し、同四一三条但書、四一四条、三三七条二号により、被告人に対し免訴の言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の反対意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔及び同本村善太郎の本件についての反対意見は、次のとおりである。

本件公訴事実は、要するに、被告人は他の者と相謀り、昭和二三年一〇月九日午前一〇時より同一一時迄の間昭和六年法律六一号電気事業法三三条一項に該当する違反行為をしたというのである。

しかるに、右電気事業法は、右犯行後昭和二五年一一月二四日政令三四三号公益事業令に吸収されるとともに(電気事業法三三条一項は、公益事業令八三条一項に吸収)、同令附則二項により廃止されたが、同時に同附則二一項(罰則の経過規定)において、この政令の施行前にした行為に対する罰則の適用については、第二項及び前項の規定にかかわらず、なお従前の例によると規定されているから、被告人に対する本件公訴事実については、なお従前の電気事業法三三条一項を適用すべく、右公益事業令の罰則(八三条一項)を適用すべきものでないこと明白である。従って、その後右公益事業令が失効したとしても、その失効により刑の廃止があったとして本件被告人を免訴すべきでないこと多言を要しない。

しかのみならず、元来わが現行の刑事法においては、犯罪行為の可罰性とこれに科すべき刑罰は、犯罪行為時法によるべきであって、判決時法によるべきではなく(刑法改正ノ綱領四〇、改正刑法仮案六条参照)、ただ判決時に犯罪後の法律に因り刑の変更があったときは、刑法六条の規定により例外として軽き刑罰を科し、また、判決時に犯罪後の法令により刑が廃止されたときは、刑訴法の規定により免訴の言渡をなすに過ぎない。そして、刑訴三三七条二号に「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」(旧刑訴三六三条二号に「犯罪後ノ法令ニ因リ刑ノ廃止アリタルトキ」)とは、読んで字のごとく、既に発生成立した刑罰が犯罪後発布された法令により廃止(放棄)されたときを指すものであって、刑罰を規定した法令そのものが犯罪後一時失効し又は犯罪後単に将来に向って廃止されたに過ぎないような場合をいうものではない。されば、電気事業法を吸収しこれとその内容を同じくする公益事業令が多数説の説くごとく、昭和二七年一〇月二四日限り失効したとしても、それは、同令が単に将来に向って一時失効しただけで、犯罪後発布された法令により既成の刑罰を廃止(放棄)したものではないから(しかも、同年同月同日に効力を有していた右旧公益事業令は、同年一二月二七日法律三四一号電気及びガスに関する臨時措置に関する法律により新らたに法律が制定施行されるまでの間罰則をも含め全面的に法律としてそのままその効力を維持されたのであるから、その失効期間は僅か六〇余日に過ぎないのであって、この点からいっても公益事業令の失効は既成の刑罰を廃止(放棄)したものと見ることはできないばかりでなく、むしろ、反対に、従前の刑罰を廃止(放棄)しない国家意思であること毫も疑を容れない。)、仮りに本件につき旧公益事業令の適用があるものとしても、刑訴三三七条二号(旧刑訴三六三条二号)に該当しないこと明白である。

裁判官霜山精一は退官につき合議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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